作成中 いいたいこと
「お金の話ばかりする人は品がない」 「貯金残高なんて気にせず、やりたいことをやるのがカッコいい」
私たちのまわりには、なんとなく「お金に執着しない人=純粋で良い人」という空気が漂っています。給料や投資の話を堂々とすると、少し冷ややかな目で見られることすらありますよね。
でも、ちょっと立ち止まって考えてみてほしいのです。 「お金について何も知らないこと」って、本当に褒められるべきことなのでしょうか?
「よく分からない」を「欲がない」にすり替えていないか
普段、多くの人が心のどこかで疑問に思っているはずです。 「なんで学校では、あんなに難しい数学は教えるのに、税金や保険の仕組みは教えてくれないんだろう?」と。
その結果、私たちは社会に出たとき、お金の知識がほぼゼロの状態でスタートします。そして、分からないからこそ、こう考えてしまいがちです。
「私はべつにお金持ちになりたいわけじゃないし、今のままでいいや」
これは一見、物欲がなくて清らかな姿勢に見えます。でも、実は「難しくて考えるのが面倒くさい」という本音を、「私は欲がないから」という綺麗な言葉で言い訳しているだけなのかもしれません。
知らないままでいることの、本当の怖さ
お金に無知であることは、決して「お上品」なことではありません。現代の社会で知識を持たないということは、知らず知らずのうちに損をする側に回るということです。
- 「言われるがまま」にお金を払ってしまう よく分からないまま入っているスマホのプラン、すすめられるがまま契約した保険。知識がないと、自分が損をしていることにすら気づけません。
- 本当に困ったときに、自分や家族を守れない もし病気になったとき、会社の給料が下がったとき、お金の知識(国の補助金制度や、正しい資産の守り方)があれば乗り切れることも、知らなければパニックになってしまいます。
お金から目を背けることは、自分の人生のハンドルを他人に握らせてしまうのと同じくらい、実は危ないことなのです。
お金を学ぶのは、大切な人を守るため
「お金の勉強をする」というと、なんだかギラギラした大金持ちを目指すようなイメージを持つかもしれません。でも、本当に必要なのはそういうことではありません。
私たちが学ぶべきなのは、「だまされないため」「理不尽な目に遭わないため」の身守り方(護身術)です。
お金について堂々と話し、正しく学ぼうとする人を「がめつい」と笑うのは、もうやめませんか。 「無知であること」を美徳にするのをやめたとき、私たちは初めて、漠然とした将来の不安から解放され、本当の意味で安心して暮らせるようになるはずです。
1. お金への欲望に対する警戒心
多くの文化では、露骨な利益追求は他人を利用する行為につながりやすいと考えられてきました。
宗教や道徳でも、
- 強欲
- 金銭至上主義
- 利益のためなら何でもする態度
は批判されることが多いです。
その結果、
お金に詳しい人 → 欲深いかもしれない
という連想が生まれやすい。
しかし本来は、
お金に詳しい人 → お金の仕組みを理解している人
でしかありません。
4. 日本社会特有の背景
日本では特に、
- 謙虚さ
- 和を乱さないこと
- 金銭を表立って語らないこと
が美徳として評価される傾向があります。
「お金が嫌い」と言う人ほど、お金に支配されていることがある
お金が好きな人は少なくともお金を観察しています。
しかし「お金なんて興味ない」「お金の話は下品だ」と避ける人は、税金や契約や投資を理解しないまま、その影響を受け続けます。
ある意味では、
お金を無視する自由は、お金を理解した人だけが持てる
とも言えます。
「欲がない」のではなく「欲を諦めた」だけかもしれない
人は手に入らないものへの欲望を道徳に変換することがあります。
例えば、
- 大金を稼ぎたいが方法が分からない
- 起業したいが失敗が怖い
- 投資したいが知識がない
という状態を、
お金を求めない自分の方が高尚だ
と解釈すると苦しみが減ります。
しかし本当に欲がないのか、諦めを美徳に変換したのかは別問題です。
「お金に無関心な人」が作る社会は、結局お金好きな人が支配する
これは皮肉です。
政治でも企業でも、
- 予算を考える人
- 資本を動かす人
- 会計を理解する人
が意思決定を行います。
もし善良な人が
お金の話は苦手だから
と離脱すると、
残るのはお金に強い人だけです。
その結果、
金を重視しない人々が、金を重視する人々に支配される
という逆説が起きます。
「清貧」は金持ちしか選べないことがある
歴史を見ると面白いです。
「お金より大事なものがある」と言えるのは素晴らしい。
しかし、
- 明日の食事
- 家賃
- 医療費
を心配しなくて済む人ほど、その言葉を言いやすい。
極端に言うと、
清貧は貧しい人の義務ではなく、豊かな人の贅沢である
という見方もできます。
私たちはお金について無知であることを美徳にしていないか
「お金の話ばかりする人は品がない」
「お金より大事なものがある」
「給料や資産の話は下品だ」
私たちは子どもの頃から、そんな空気の中で生きてきました。
そのせいか、お金に詳しい人よりも、お金に無頓着な人の方がどこか立派に見えることがあります。
しかし私は時々思うのです。
お金について何も知らないことは、本当に褒められるべきことなのでしょうか。
「分からない」を「欲がない」にすり替えていないか
学校では、お金についてほとんど学びません。
税金。
社会保険。
投資。
資産形成。
人生に大きく関わることなのに、詳しく教わる機会はほとんどありません。
その結果、多くの人はお金の知識がないまま社会へ出ます。
そしてこう考えます。
「私は別にお金持ちになりたいわけじゃないし」
「今のままで十分だし」
もちろん本当にそう思っている人もいるでしょう。
しかし中には、
「難しくて分からない」
「考えるのが面倒」
という気持ちを、
「欲がないから」
という言葉で包んでいる人もいるのではないでしょうか。
無知は美徳ではなく、リスクである
お金に詳しくないことは、決して上品なことではありません。
現代社会では、お金の知識がないこと自体がリスクになります。
よく分からないまま契約した保険。
すすめられるまま加入したサービス。
知らないうちに払っている手数料。
知識がなければ、自分が損をしていることにも気づけません。
さらに困るのは、本当に苦しい時です。
病気になった時。
失業した時。
家族を支えなければならない時。
制度やお金の知識があれば助かる場面でも、知らなければ選択肢そのものが見えません。
お金から目を背けることは、自分の人生のハンドルを他人に握らせることに近いのです。
お金に詳しい人は、欲深い人なのか
お金に詳しい人を見ると、
「がめつい」
「お金のことばかり考えている」
そんな印象を持つ人もいます。
しかし本来、
お金に詳しいことと、お金に支配されることは全く別です。
車の知識がある人が車に支配されているわけではありません。
健康の知識がある人が健康オタクとは限りません。
それと同じです。
お金に詳しい人は、お金の仕組みを理解しているだけです。
むしろ本当にお金に支配されているのは、お金を理解しないまま影響を受け続けている人かもしれません。
お金を無視する自由は、お金を理解した人だけが持てる
「お金より大切なものがある」
私はその考えに賛成です。
家族。
健康。
友人。
思い出。
どれもお金より大切です。
しかし、それはお金を理解しなくて良い理由にはなりません。
お金を無視する自由は、お金を理解した人だけが持てる。
私はそう思います。
地図を持った上で違う道を選ぶのと、地図を持たないまま迷うのは全く別だからです。
まとめ
私はお金持ちになれと言いたいわけではありません。
ただ、
お金について無知であることを美徳にするのは、もうやめてもいいのではないかと思っています。
お金は人生の目的ではありません。
しかし人生の選択肢を増やしてくれる大切な道具です。
だからこそ、
避けるのではなく学ぶ。
嫌うのではなく理解する。
その姿勢が、これからの時代には必要なのかもしれません。
